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最高裁判所第二小法廷 昭和31年(オ)1024号 判決

主文

原判決を破棄する。

被上告人の請求を棄却する。

訴訟費用は原審、当審ともに被上告人の負担とする。

理由

上告人補助参加人代理人杉浦忠雄の上告理由の第二について。

論旨は、原判決理由中の(二)の(イ)「石川若三郎」と記載した投票五八票、(ロ)「イシカワカカサブロー」と記載した投票一票、(ハ)「イツカワワカサブロウ」と記載した投票一票、(二)「いしかわわかさぶろう」と記載した投票一票、(ホ)「石井長三郎」と記載した投票二票、(チ)「石川わかさぶらう」と記載した投票一票、(リ)「石川わか三郎」と記載した投票一票、(ヌ)「石川ワカ三郎」と記載した投票一票、(ル)「いしかわわか三郎」と記載した投票一票は、上告人補助参加人石井若三郎に対する有効投票である旨を主張し、原判決がこれらの投票をいずれも無効と判示したのを非難するのである。

本件選挙の候補者中、右石井若三郎の外に石川重郎なる候補者があり、原判決が、前示投票のうち(ホ)の一票を除きその他の投票について、石井若三郎の誤記か、石川重郎と石井若三郎の氏名とを混記したものであるか確認し難いものとして無効と判断したことは、原判文上明らかである。

しかし選挙人は常に必ずしも平常から候補者たるべき者の氏名を記憶しているわけではなく、選挙に際して候補者氏名の掲示、ポスター、新聞紙、演説会等を通じてその氏名をはじめて記憶する者も多かるべく、その場合に氏名を誤つて記憶し、或は二人の候補者氏名を混同して一人の候補者の氏名として記憶することのある場合も十分に想像し得るのである。そして特段の事由によるものを除き、選挙人は一人の候補者に対して投票する意思をもつてその氏名を記載するものと解すべきであるから、投票を二人の候補者氏名を混記したものとして無効とすべき場合は、いずれの候補者氏名を記載したか全く判断し難い場合に限るべきであつて、そうでない場合は、公職選挙法六八条五号七号に該当する無効のものでない限り、いずれか一方の氏名にもつとも近い記載のものはこれをその候補者に対する投票と認め、合致しない記載はこれを誤つた記憶によるものか、または単なる誤記になるものと解するを相当とすべきである。そこで本件の場合、右の投票はその名は若三郎を漢字または仮名で記載してあり((ロ)及び(ニ)は若三郎の単なる誤記と見て支障はない)、ただ姓の第二字が井でなくて川と記載されてあるに過ぎない((ハ)の第二字はツはシの誤記と見て支障はない)。そして若三郎と重郎とが前者は三字からなり、後者は二字からなつている点で両者には類似性が乏しいこともあわせ考えれば、これらの投票は右両候補者の氏と名を混記したものと認めるよりも、むしろ、石井若三郎に投票する意思をもつて姓のうちの一字を誤記したものと認めるのが相当である。また前記(ホ)の石井長三郎と記載された一票も、相沢と石井との相似していない点を考慮に入れれば、同様の理由により候補者相沢長三郎と候補者石井若三郎の氏名の混記と見るよりは石井若三郎の名の第一字を誤記したものと解するのが相当である。原判決は誤記か混記か不明な場合にはその投票を無効とするよりほかはないというのであつて、その抽象的な説明それ自体としては一応もつともであるけれども、本件の場合をそれと解することは、わが国の文字の複雑性からいつて、いたずらに無効投票を多くしもつて公職選挙法六七条後段の精神にそわない結果を招来するのみならず、従来の選挙において誤字脱字のある投票が多数存在する事実からも、原判決のような判断は選挙の実状にそぐわないものといわなければならない。論旨はまさに理由がある。

同第一、第三乃至第十五について。

論旨はその他の投票について原判決の効力判断を非難するのであるが、所論の投票について原判決の説明するところは相当であつて、論旨は理由がない。

以上説明するとおりであつて、その結果は上告人補助参加人石井若三郎の得票数が被上告人相沢長三郎の得票数より多いことは計数上明白であり、上告委員会が繰上当選の効力に関する異議決定で被上告人の当選を無効としたのは正当であり、原判決が右決定を取り消したのは法令の解釈を誤つた違法があり破棄を免れず、そして、右異議決定の取消を求める被上告人の本訴請求の理由がないことも明白であるから、その請求を棄却することとし、民訴四〇八条一号、九六条、八九条にしたがい、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

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